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素顔の東京、意外な東京 東京spot20選

徳川家康が江戸幕府を開いたのは1603年、それから400年以上が経過しました。
江戸の街はその後、世界でも例をみないぐらいの発展をし、独自の文化が栄え、咲き誇りました。今も東京のいたるところで江戸文化が息づき、力強く残っています。
今回は江戸文化にスポットをあてました。
(ここで紹介したのは江戸文化のほんの一部分で、これ以外にも、さまざまなところで江戸の文化、面影を見つけることができるでしょう。)

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江戸東京博物館

所在地●墨田区横網
最寄り駅●JR総武線・都営大江戸線:両国駅

江戸東京博物館江戸東京博物館は、失われつつある江戸東京の歴史遺産を守るとともに、東京の歴史と文化を振り返ることによって未来の東京を考えるために設立された博物館です。常設展示室は「江戸ゾーン」「東京ゾーン」「第2企画展示室」で構成され、浮世絵や絵巻、着物、古地図など約2,500点、大型模型など約50点あまりが展示されています。その他、江戸東京に関する映像資料・図書資料を、各学習施設で閲覧することができます。開館時間は午前9時30分〜午後5時30分(土曜日のみ午後7時30分まで)、毎週月曜日休館(ただし祝日等の場合は翌日が休館)。

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江戸東京たてもの園

所在地●小金井市桜町
最寄り駅●JR中央線:武蔵小金井駅または東小金井駅、西武新宿線:花小金井駅

江戸東京たてもの園江戸東京たてもの園は、1993年に開園した野外博物館。都立小金井公園の中に位置し、敷地面積は約7ヘクタール、園内には江戸時代から昭和初期までの27棟の復元建造物が建ち並んでいます。現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示するとともに、貴重な文化遺産として次代に継承することを目指しています。開園時間は10月〜3月は午前9時30分〜午後4時30分、4月〜9月は午前9時30分〜午後5時30分、毎週月曜日休園(ただし祝日等の場合は翌日が休園)。

芭蕉記念館

所在地●江東区常盤
最寄り駅●都営新宿線・都営大江戸線:森下駅

芭蕉記念館松尾芭蕉は1680年に、それまでの宗匠生活を捨てて江戸日本橋から深川の草庵に移り住みました。この草庵を拠点に新しい俳諧活動を展開し、多くの名句や『おくのほそ道』などの紀行文を残しています。この草庵は「芭蕉庵」と呼ばれていましたが、幕末から明治にかけて消失し、1981年に芭蕉記念館が建設・開館されました。開館時間は展示室・図書室が午前9時30分〜午後5時、分館史跡展望庭園が午前9時15分〜午後4時30分、第2・4月曜日が休館(ただし祝日等の場合は翌日が休館)。

東海道品川宿

所在地●品川区北品川
最寄り駅●京浜急行:北品川駅、新馬場駅、青物横丁駅

東海道品川宿品川宿は、江戸を起点とする諸街道のうちもっとも重要視された東海道の1番目の宿で、1601年に宿場に指定されました。宿内の家々は1,600軒、住む人は7,000人という活気のある地でした。問答河岸跡、御殿山下砲台(台場小学校)、品川浦、鯨塚(利田神社)、土蔵相模跡、善福寺、法禅寺、本陣跡(聖蹟公園)、寄木神社等の名所・旧跡がたくさんあります。

飛鳥山公園

所在地●北区王子
最寄り駅●JR京浜東北線・東京メトロ南北線:王子駅、都電荒川線:飛鳥山駅

飛鳥山公園桜の名所として有名な飛鳥山公園。この地を桜の名所に仕立て上げたのは、江戸幕府八代将軍・徳川吉宗でした。約280年前、吉宗が享保の改革の施策の1つとして、江戸っ子たちの行楽の地とするため、飛鳥山を桜の名所にしたのです。こうして江戸の新しいお花見の名所として誕生した飛鳥山は、当時、桜の名所地では禁止されていた「酒宴」や「仮装」が容認されたため、江戸っ子たちはさまざまな趣向を凝らして楽しみました。

一之江名主屋敷

所在地●江戸川区春江町
最寄り駅●都営新宿線:瑞江駅

一之江名主屋敷一之江名主屋敷は、江戸時代の始めに、この地で新田を開いた田島家の屋敷です。田島家は一之江新田の名主を代々つとめてきました。現在の主屋は安永年間(1772〜80年)の再建で、屋敷林や堀をめぐらした屋敷構えは創建当初の様子を伝えています。公開日・公開時間は月曜日を除く午前10時〜午後4時。

中山道板橋宿

所在地●板橋区本町、仲宿、板橋
最寄り駅●都営三田線:板橋区役所前駅

中山道板橋宿五街道の1つ中山道の第一番目の宿場が板橋宿。中山道は日本橋を起点にして京都三条大橋へ至る街道。板橋宿はまた、川越街道の起点でもあり、各地の物資、文化が集積されました。この付近を流れる石神井川に架けられた橋の名が板橋で、地名「板橋」の由来となりました。

お鷹の道

所在地●国分寺市東元町、西元町
最寄り駅●JR中央線・西武国分寺線・西武多摩湖線:国分寺駅、JR中央線・JR武蔵野線:西国分寺駅

お鷹の道現在の国分寺市内の村々は江戸時代、尾張徳川家の御鷹場に指定されていました。それにちなんで、湧水が集まり野川にそそぐ清流沿いの小径を“お鷹の道”と名づけ、約350mを遊歩道として整備しています。この道沿いの湧水は「真姿の池湧水群」と呼ばれ、東京都の名湧水57選に選ばれています。

矢切の渡し

所在地●葛飾区柴又
最寄り駅●京成金町線・柴又駅

矢切の渡し矢切の渡しは東京都葛飾区と千葉県松戸市矢切を結ぶ渡し舟。江戸時代初期、徳川幕府が設けた利根川水系河川15ヵ所の渡し場のうちの1つです。伊藤左千夫の小説『野菊の墓』(1906年)で全国的に有名になり、歌謡曲『矢切の渡し』(1982年)の大ヒットで再び脚光を浴びました。

浅草仲見世

所在地●台東区浅草
最寄り駅●東京メトロ銀座線・都営浅草線・東武伊勢崎線・つくばエクスプレス:浅草駅

浅草仲見世仲見世は日本でもっとも古い商店街の1つといえるでしょう。徳川家康が江戸幕府を開き、江戸の人口が増え、浅草寺への参拝客もいっそう賑わいました。それにつれ、浅草寺境内の掃除の賦役を課せられていた近くの人々に対し、境内や参道上に出店営業の特権が与えられました。これが仲見世の始まりで、元禄、享保(1700年前後)の頃といわれます。

泉岳寺

所在地●港区高輪
最寄り駅●都営浅草線:泉岳寺駅

泉岳寺は元々、徳川家康が外桜田に創立した寺院でしたが、1641年の寛永の大火で焼失し、現在の高輪の地に移転しました。浅野内匠頭と赤穂浪士が葬られていることで有名で、境内の左手には四十七士を弔う墓所、赤穂義士記念館をはじめ赤穂浪士ゆかりのものが点在しています。毎年12月と4月に義士祭が催されています。

大奥跡地(皇居東御苑)

所在地●千代田区大手町付近
最寄り駅●東京メトロ東西線・東京メトロ千代田線・東京メトロ丸ノ内線・東京メトロ半蔵門線・都営地下鉄三田線:大手町駅

大奥跡地は、現在の皇居の東側、古くは江戸城の本丸、二の丸と三の丸だった場所「皇居東御苑」内に存在します。江戸城を偲ばせる史跡が残り、都心からすぐのところにあるにもかかわらず静かで緑豊かな環境が保たれています。江戸城に大奥が正式にできたのは1618年、2代将軍・徳川秀忠が「大奥法度」を制定したとき。その後、3代将軍・徳川家光の乳母・春日局によって組織的な整備が行われました。

屋形船

所在地●品川区、江東区、江戸川区、台東区、港区、中央区、大田区、足立区、墨田区等に船着場がある

屋形船の歴史は非常に古く、平安時代から貴族の遊びとして利用されました。東京湾に屋形船が往来するようになったのは江戸時代から。江戸の経済、文化が栄えることができたのは川や堀などの水上交通があったからで、その結果、舟遊びが発展し、屋形船で江戸の粋が楽しまれるようになりました。明治、大正、昭和、平成と時代を超えて楽しまれ、親しまれています。

隅田川花火大会

所在地●第一会場:隅田川言問橋上流側、第二会場:隅田川駒形橋下流側
最寄り駅●東京メトロ銀座線・都営浅草線・東武伊勢崎線・つくばエクスプレス:浅草駅

隅田川の花火大会は、享保18年(1733年)の「両国川開き」の両国の花火で始まりました。戦争等でたびたび中断しながらも続きましたが、交通事情等の理由で1961年にいったん終了しました。その後、多くの関係者の努力で1978年に隅田川花火大会として復活しました。

日本橋

所在地●中央区日本橋
最寄り駅●東京メトロ銀座線・東京メトロ半蔵門線:三越前駅

1603年に江戸幕府を開いた徳川家康は、日本橋の街づくりに着手します。江戸と地方を結ぶ交通輸送路を確保するために同年に日本橋が架けられ、ここが東海道、中山道など五街道の起点と定められまし。ちなみに、交通標識でよく見かける「東京まで○km」の「東京」というのは、今でも日本橋を基点としています。

笠森お仙と鈴木春信の碑(大円寺)

所在地●台東区谷中
最寄り駅●JR山手線・JR京浜東北線・JR常磐線・京成本線・日暮里-舎人ライナー:日暮里駅

江戸時代中頃、谷中の笠森稲荷門前にあった茶屋にお仙という看板娘がいました。そのお仙が浮世絵師・鈴木春信の美人画のモデルとなったことから、江戸中の評判になりました。お仙見たさに江戸中から参拝客が押し寄せ、その人気ぶりはまさに現代のアイドルのようだったそうです。大円寺に「笠森阿仙乃碑」があり、これを建立したのは永井荷風です。

江古田の富士塚

所在地●練馬区小竹町
最寄り駅●西武池袋線:江古田駅

富士塚は富士信仰に基づき、富士山に模して造営された人工の山や塚。頂上には浅間神社を祀っています。富士講が盛んになった江戸時代に造られ、関東地方を中心に分布しています。江古田の富士塚は浅間神社境内にあり、高さ約8m、直径約30mの大きさで、豊島長崎(豊島区)、下谷坂本(台東区)、木曽呂(埼玉県川口市)の富士塚とともに重要有形民俗文化財に指定されています。

目黒のさんま

所在地●目黒区三田
最寄り駅●JR山手線:目黒駅

「目黒のさんま」というのは、落語の話。江戸時代、将軍が鷹狩りに目黒へやってきて、その時に立ち寄った茶屋でさんまを食べたことが題材になっています。この茶屋は「爺々(じじ)が茶屋」と呼ばれ、現在の茶屋坂にありました。毎年9月に「目黒のさんま祭り」が開催されています。

吉原

所在地●台東区千束
最寄り駅●東京メトロ日比谷線:三ノ輪駅

吉原は江戸時代、江戸市中で唯一の公許だった遊廓です。吉原は2箇所あり、最初に設立された現在の日本橋人形町付近を「元吉原」、移転後の千束4丁目付近を「新吉原」と呼んでいます。ただし、「元吉原」はわずか40年しかなかったこと、明暦の大火で資料のほとんどが焼失したことなどから、「吉原」といえば「新吉原」を指します。

内藤新宿

所在地●新宿区新宿、内藤町
最寄り駅●JR・東京メトロ・都営新宿線・小田急線・京王線:新宿駅

江戸に幕府が開かれた直後、日本橋を起点として五街道が定められました。甲州街道もその1つで、当初の最初の宿場は高井戸でしたが、日本橋からの距離が長いため、その中間にあたる地に宿場の設置が認められました。この宿場は、内藤氏が幕府に返上した屋敷地に置かれたことと、新しい宿の意味から「内藤新宿」と呼ばれ、新宿の地名の起こりとなりました。

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